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大切なひと。大切なひと。
心の準備も出来ているように思うのに
これから出かける先で、対面しないといけないことに
まだ心の中で踏ん切りがつかないので
自分勝手にブログに書いて、自分の背中を押そうと思う。

アタシがアタシの言いたいコトを書く空間として
ここを使っている以上、泣き言だってなんだって
書いても良いんだ。そのはず。そのはず。

ここはアタシが何を書いても良い場所。
大切なあの子の事をちゃんと書き記したい。




血の繋がりがないのに、出会った頃から本当の姉妹になれた。
フミとの出会いは本当に偶然で、母の勤め先のバイトの子だっただけ。
妙に気が合って、不思議にいつも一緒にいる事になった。

フミはとても可愛い。笑顔も泣き顔も拗ねた顔も。
みんなアタシにとっては、可愛くて愛しくて、本当に大切な子。

実の妹がいるというのに、この子ほど愛しく思えるものはない。
一緒にいるだけで、勇気が持てた。
一緒にいるだけで、元気になれた。
一緒にいると、なんでもできるようなパワーが出てくる。

たまたま、アタシの妹と同じ歳で、アタシはフミの姉と同じ歳。
姉妹としての年齢も一致しているから、何も違和感なく
それが当たり前のように、本物の姉妹だと今でも変わらず思っている。

出会ってしばらくした頃、フミの心の深い部分の痛みを知る事になる。
他人ではわかりえない、苦しい心の悲鳴が聞こえてきた。
苦しくて悲しくて、もがくフミをいつも心ごと抱きしめようと
真正面から向き合い続けた日々。
フミのためにアタシが出来る事は、命を削ってでもしてあげたいと
誠心誠意、向き合い続けてきたと今でも思ってる。

たまたま、アタシが医療的な知識と経験があったこともあって
フミの心の痛みを感じるための、アタシの心構えも整っていて
いつでも、その痛みを共有できたし、いつだってアタシが守ってやると
思っていた。ずっとずっと。
他の誰がフミを守れるの?誰にも出来ない。本気でそう思ってきた。

一緒に良く出かけ、一緒に良く笑い、一緒にいっぱい泣いた。
楽しくても悲しくても嬉しくても、涙を流して一緒に過ごした。
泣きすぎて、いつも2人で鼻水までたらして、バカだバカだと
大笑いして、一緒にいられるコトを幸せだって思ってた。

アタシが結婚して、住まいが離れてしまっても、
フミは良く遊びに来たし、泊りにも来たし
2人で旅行に行ったり、変わらず一緒に過ごした。

ベタベタと一緒に時間を過ごすことに固執せず
離れていても、どんなことがあっても、いつだってどんな時だって
心がきちんと繋がってると確信していたから、
やたらと連絡を取り合うこともなく
苦しくなったとき、悲しくなったとき
どちらがともなく、声を聞きたくなって電話をし
顔を見たくなって会いに行ったし、会いに来てくれた。

フミは私の分身。フミは私の鏡。
痛いことも悲しいことも、同じように感じられる大切な人。
こんなに大切に思える人が、私にとってこの世にいること
それを感じることが出来ていることが、私の何よりの宝物だと
本当にそう思う。彼女こそ私の人生に必要な人だから。

私が離婚をして一人暮らしをした時。
独りぼっちの、しーんとした部屋が苦しくて、辛かったとき
一番最初に泊まりに来てくれたのもフミ。

いつものように、可愛い笑顔でさり気なく一緒にいてくれた。
辛くて辛くて心が折れそうだったけれど
フミの笑顔を見たら、涙がボロボロこぼれたけれど
フミの笑顔で元気になれると本当に思えた。
この小さな身体のフミに、どんなパワーがあるのかと不思議に
思うけれど、フミほど私の心の痛みを察知して、緩和する力を
持っている人はいないとその時そう思った。

ほどなく、フミも結婚をする。
お互いに離れ離れの場所に暮らし、家族を持ったフミ。
ママになったフミ。可愛い甥ができた。
愛しくて愛しくて、可愛い甥っ子。
フミの子供はわたしにとっても大切な存在。
可愛がり過ぎそうで怖いぐらい、愛しい存在。

けれど、フミの心の中の病が、少しずつ少しずつ
心のバランスを崩す力を強めていってたんだよね。
バカだから、私・・・・
これほど大切なのに、その重大性に気付いていても
何もしてやれなかった。

自分の病気がしんどくて、フミへ何もしてやれない日々が続き
フミが私のコトを心配して、甘えるコトをひかえてしまったんじゃ
ないかと思うと、胸が苦しくて潰れそう。
一番大事なときに、なんで我慢するんだろう。
私たちは何でも一緒に乗り越える姉妹なのに。
私の病気だって、フミにもっともっと泣き言を言って
いっぱい甘えればよかったんだ。
バカだから、バカな姉妹だから、お互いの病気のコトを思って
甘え方を忘れて、ただ遠くで見守るコトを選択してしまった。

今年の2月。ふいにフミが私の家に泊まりに来た。
いつものように、ニコニコ笑って可愛い甥っ子を連れてきた。
話したいことがあり過ぎて、息継ぎを忘れるぐらいに話すフミ。
病気の疼痛が消えるぐらい、目の前のフミを見ているだけで
私の心が穏やかに温かくなって、その時間だけ病気が消えていった。

名残惜しそうに、名残惜しそうになかなか帰ろうとしないフミ。
予定を引き伸ばすための作戦を一生懸命に練っている。
帰りたくない。ここにもっといたいと叫んでいる。
だけど、ママになったフミにはどうしても帰らないといけない
たくさんの予定がある。だからフミは帰っていく。
駅まで見送るついでにお茶をして、それでもまだ帰ろうとしない。
3時間もグズグズ2人で別れを惜しむように過ごして
フミは帰っていった。自分の家に。ママと妻の顔に戻るために。

これがフミの顔を見た最後。
小さな身体で、改札口の向こうからいっぱい手を振って
全身で手を振って、私にバイバイって大きな声で言って
人ごみの中にまぎれながら、子供を抱いて歩いていった。

フミが帰ってから、虚脱感のような喪失感がおそってきて
しばらく不安な気持ちで過ごした。
フミがいた間、あまりにも痛みが襲わなかったから
いなくなったあとの、持病の痛みは100倍の苦痛だった。
だけど、それほど大事な人なのに、2人して我慢して
会わないで過ごし続けてしまう、バカな私たち。

フミの心の病気が、少しずつ力を大きくして
フミを責めたてていった頃、何も知らないままで
私は自分の病気とひっそりと戦っていた。
病気から来る、抑うつ状態に悩みながら、何とか必死で日々を過ごす。

フミが家を出て実家へ帰ったことも知らないままで
私は私のことで精一杯なままで、時間がドンドン経過する。

フミの中の心の病が、増大の力を一時的に弱めて
両親のいる実家で、なんとか穏やかな生活を取り戻したように
見えた頃、心の病がフミを追い込んだ。

孫の手を引いて、遊びに出かけた父親を見送ったあと
フミはそのまま自分の命を絶ってしまった。
2005年7月19日。29歳の命がそこで終わりを迎える。
独りで寂しく、いってしまったフミ。

何も知らないでいた私。
昨日の夜遅く、一本の電話がかかってくる。
フミがなくなったよ・・・・。フミが・・・亡くなったんだよ。
叫ぶように電話口でそのことを告げる声。

頭の中で処理できないまま、叫んで嗚咽するしか出来ない
どうしてどうして、私はフミに何もできなかったんだと
何もしないでいたんだと、自分のことを全身で呪う涙が
止まらなくて、止まらなくて

何も出来ないうえに、受け止めきれない事実
どうにもできない私は、誰かにそれを聞いてもらいたくて
いっぱいいっぱい、ある人に話を聞いてもらった。

私がどれだけフミを愛しているか。
どれだけ感謝しているのか。大切に思っているのか。

そのときに、フミが私に会いに来てくれた。
誰も信じてくれなくたってかまわない。
私にはわかったんだもの。それで良い。フミが会いに来たんだって。

だけど、悲しい事に、私にはフミの姿が見えない。
フミの声も聞こえない。ここにいるのは間違いないのに。

神様っているんでしょう?この世にはいるって言われてるじゃない。
だったら、たまには私にオマケしてくれても良いじゃないか。
最後の話になるかもしれないのに
なんで、なんで、なんでフミの姿も声もわからないままにするの?
良いじゃないか。せめて声が聞こえるようにしてくれても。

間接的に、フミが言いたいことの少しだけ
私に教えてもらったの。少しだけど。
だから。ほんの少しだけ・・・
納得したような、安堵したような気持ちになった。
明日会いに行くよって、何度も何度もフミに約束する。

フミ
あたしね。話したいことが山のようにあるの。
あり過ぎてどこから話そう。どうしよっか。
フミ
あたしね。どうしても伝えたいことがあるの。
だから会いに行ったら、私のために時間をちょうだいね。



今日。これから、家族として納棺に立会いできることになりました。
フミに会うためにこれから支度をして出かけます。

心の中のぐちゃぐちゃを
何とかして落ち着かせたくて、ブログにそのまま書きました。
だけどやっぱりダメですね。
今どうにもなりません。ずっとそうなのかもしれないけど。
会いに行くのが怖い。その横たわる姿を見ることが怖い。
だけど、行かないとならないのです。
フミがきっと寂しがって待ってると思うと、行かないわけには
いかないのです。

頑張って行っておいでと、ちゃんと背中を押してくれる人が
私にはいるから、ちゃんとフミに会ってきます。
今からいってきます。いってきます。
【2005/07/22 10:36】 | 失った友へ | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
<<大切なひと。大切なフミへ。 | ホーム | とにもかくにも、ワタクシゴト>>
コメント
心よりお悔やみ申し上げます。
大切な人を失ったあなたの悲しみも
その若さで命を絶ったフミさんの苦し
みも、私には察することすらきっとで
きませぬ。
でも、もしひとが本当に理解し理解さ
れ愛し愛されているそんなかけがえのないひとに巡り会えたら・・その人は
この世に生まれてくる理由があったと
いうことだと思います。そして、その
人生は充足したものだったと・・。
それは、とてもとても素敵なことで、そんなに簡単なことではないと思うのです。

だから無責任にと思われるのを承知で
申し上げます。どうぞ心をおとさず、元気をお出しください。
【2005/07/22 12:16】 URL | oneroad #-[ 編集] | page top↑
いつも楽しくみどさんのブログを見させて頂いてる者です! 今日は初めてコメントを残して行こうと思います。

若くして兄を失った自分としては、今のみどさんの気持ち多少は分っているつもりです。 兄は16年前に17歳の若さで交通事故で命を落としました・・・。
その時、自分は小学3年生で何がなんだか分らずただ言われた事だけをこなしてました。


正直言えば、きっと今は何を言ってもツライことと思います。 頭の中が真っ白で何も考えられず脱力感に襲われて・・

ですが、出棺や埋葬の時に泣いてるみどさんをフミさんは望んでは居ないと思います! しっかりとした態度で送ってあげてください。 この先、今までの思い出と一緒にこれからもみどさんの中でフミさんは生きていると自覚し、精一杯生きてください! 

頑張って!って言うのは違うかもしれないけど、本当の意味で頑張ってください! 陰ながら応援させて貰います^^

【2005/07/22 22:53】 URL | 通りすがりの25歳 #-[ 編集] | page top↑
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2005/07/24 11:41】 | #[ 編集] | page top↑
☆oneroadさんへ
書き込みありがとうざいました。
私の勝手なつぶやきに、お付き合い頂けました事感謝いたします。
私は元気です。ショックな気持ちは否めませんが、元気なのです。フミもそれを理解しているでしょう。私が元気でないと、フミが泣きそうですし^^

☆通りすがりの25歳さんへ
こんな駄文へのレスありがとうございます。
大切な人を亡くすというのは、誰しも痛みを伴うはずです。涙も流すし声を上げても良いと思います。ただ、涙だけの人生にすべきではありませんね。私はフミに胸を張って言える道を歩んで行こうと思います。
【2005/07/24 17:36】 URL | 美碧 #cQS5UOKA[ 編集] | page top↑
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