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ありがとう 
人の命の話なんか書いてみる。
世間的には、あたしってどんぐらいの年齢位置にいるか知らないけど、でも吐いてみる。

あたしは無神論者だ。何の宗教に対しても信仰心を抱いて、日々精進なんてしてない。
子供の頃は、両親・親戚がしている宗教ってものに、当たり前のように参加させられていた。
なんか、その教えってモノは、「いい子でいなきゃなんないだぜ!」と言われてる感があって
悪い子=親の言いつけを守らない子はダメだよって言われてると思い、良い子を演じた。
言いつけを守り、素直に返事をして、お手伝いをいっぱいするいい子だった。

と、まぁこんな感じで『信仰』ってものに触れたことはある・・って事を言ったところで・・・
そろそろ本題に入ってみようかな。
あたしね、むかーし書いてた日記があるのね。読み返してみたのね。じーっと。
そこにね、命のことに触れた記述があって、その文章表現の拙さに愕然。
こりゃいかん。書き直そう。言いたいことは今でも変わってないし・・・と、思ったわけ。

人の命の大切さに触れながら過ごしていた20代。あたしの本業は介護士。
知的な障害を持つ方々・精神的な病を持つ方々・老人の方々に関わる仕事をしてきた。
老人関係の施設にいた頃、否が応でも命の途切れる場面に出会うことになった。

長い長い旅を終えて、一休みするのか、長い長い旅にこれから出るのか、
個々人での感じ方で変わってくるのだろうけど、現実的に目の前から鼓動するその人が消え去る。
確かに他人であるその旅立つ人。あたしにとっては他人様であるわけですが
日々関わりつつ、介護しつつ過ごしてきた、日々の積み重ねがあるわけで、やっぱり悲しい。
言葉で言いがたいその切ない気持ちに、行き場を見失い泣いてばかりだった新人時代。
ふと、ある頃からひどく泣いたり動揺したりしない、あたしが誕生した。

泣いても何も解決しない。泣いても目の前にいるのはその人だけではない。
現場は忙しい。追い立てられる日々。忙しい忙しない。
これだけが理由じゃない。人の命の終わりと呼ばれる、その時の把握の仕方が変わったのだ。

あたしは無神論者。~宗教の教えで悟りを開いたからなんかでは、決してない。
じゃ、何が変わったのよ?って話になる。

あたしは昔からこう思ってる。
人の命の期限は、己が決められるものじゃないんだと。
確かに、難病の方々との関わりも長かったため、病がその命の灯火を連れ去るのはわかっている。
でも、こんな風に考えている。

『どこかに、見えないどこかに、命に関してを掌る大きな大きな存在があって、
私たちはそれを知らずに過ごしている。人は命の期限を決められて産まれて、
その期限の中で精一杯やれよと、背中を押されているのだ。
命の期限は自力で設定できないからこそ、切なく大事でかけがえない』


死の順番は年齢でも善悪でも行いでも、そんなものでは長さが変わるものではないだろ?って。
だから、年が老いが死と直結とは思えない。老いだけじゃ説明がつかないから。

確かに、老いは確実に進むし、事実あたしだって若い頃より体力だって落ちてるし、
重力には勝てないね~なんて、身体の崩れだってさイジケつつも諦めてたりさぁ。
ただ、疾患そのものがイコール死なんだって部分は、未だに受け入れられない。
沢山の旅立ちを見届けたことのあるはずのあたしだけど。

父方の祖父母が立て続けに2ヶ月の間に亡くなった経験がある。
先に亡くなった祖父が、祖母を連れて行ったのかな・・・寂しい思いをさせたくなくて。
そんな風に思ったっけな。あの時。悲しみとは別の優しい気持ちにもなれたのを覚えている。

祖父はあたしが小学校低学年の頃に、既に緑内障で片目が既に失明していて
反対側も視力的には相当衰えていたと思う。手探りで歩く姿が記憶に鮮明だから。
祖父は大工の棟梁で、威厳もあるが非常に可愛らしい性格の持ち主だった。
さり気ない冗談を言いながら、それとなく気を遣うこともとても上手で、和ませる力に溢れてた。
大工時代に痛めた腰のせいで、下半身が弱り歩行困難になって間もなく、祖父はボケた。
今、ボケなんて言っちゃ行けない時代なのは知ってるよ。あたしだって。
でもさ、じーちゃんの素敵なボケ方をここでちゃんと書いておこうと思う。

まず、第一に名前をすっかり忘れてくれる。みんな誰なのかわかってない。
会話はできる。目が全く見えなくなったので、声質で男女だけを判断してたんだ。
とにかく、じーちゃんは誰に対しても礼儀正しく、真面目くさることもなく
いつも笑顔で、感謝感謝の人だった。誰に対してもその感謝の意を伝え続けた。
温かい笑顔をふりまいて、素敵なジョークを言い、看護婦さんにも大事にされていた。
そして、その素敵な笑顔を振りまいた姿を、あたしの記憶に鮮明に残して逝った。

祖母は元々、気性が激しく怖い人だった。あたしにはとてつもなく怖い人。
子供心の記憶はこれしかない。怖かった・・・。
祖母は、祖父が入院して間もなくボケた。急に何もかも変わってしまうように一気に。
祖母は常にあたしを、息子である父の嫁として扱い、親切で頭を下げ続けた。
祖母のボケる前の姿を思い浮かべると、全くの他人になったような、穏やかで優しい笑顔。
戸惑いこそ最初にあったけど、やっぱりこれが、ばーちゃんの本当の姿だって思った。
険しい顔のばーちゃんはきっと偽者。きっと気苦労であんな怖い顔しか出来なかったんだ。
こうやって、その気苦労を脱ぎさって、優しいばーちゃんになれたんだと思った。
ばーちゃんも、じーちゃんと同じで、常に周囲に訪れる皆に感謝の意を伝え続けた。
涙を流し、頭を深々と下げ、どれだけ自分が感謝の気持ちをもっているかを表現し続けた。

あたしにも、命の期限がやってくる。すぐそこかもしれない。長生きできるかもしれない。
でも、やっぱり思う。祖父母の姿を見て、心底思う。

あたしが逝く前に、大事な人に大切な人々に、惜しみなくありったけの心を込めて
『ありがとう』を、精一杯伝えられる人でありたい。
年を重ねるごとに、何の理由があるのか、なかなかありがとうの言葉が出ない自分がいる。
ありがとう。なんて良い音の響きを持った言葉なんだろう。
本当にそう思う。ありがとうの力は絶大だ。

ありがとう。言い時ってのがある。言うことが大切なタイミング。
タイミングを狙って言うということじゃない。
言いたいときに素直に口に出せる力が必要だ。
思ったときに。きちんと表せる大事な力。
それが自然にできる人でありたい。

もちっと・・・・精進が必要だな。あたしの場合。
照れてる場合じゃないぜ。あたし。(⌒▽⌒)アハハ!
素直さは、心の強さのバロメータ・・・。
素直さは、心の弱さを受け入れてからこそのものだと。
大事な人に、ありがとうの言えるあたし。いいね。いいね。イイジャマイカ♪
【2005/06/18 11:20】 | 戯言 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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