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言葉・伝える・感じる
人として、生きていく上で欠かせない言葉。
優しい言葉。痛い言葉。切ない言葉。元気な言葉。厳しい言葉。怒った言葉。

いっぱい方向性を含んだ、沢山の言葉たち。
発する側は意図を持ち、聞かせたい・聴いて欲しい対象へ向けられていく。

言葉とは、欠かせないものでありながら、実にもどかしく伝えきれない歯痒さも伴う

言葉を伝えるにあたり、いつも思うことがある。

伝えるからには、自分が伝えようと思っている事を理解して欲しい。
理解して欲しいなら、理解される言葉を用いるべきである。
自分にとって好ましい言葉の選択ではなく、相手にとって好ましいものにすべきだ。
受け手側の受け入れやすい言葉、タイミング、順序を優先すべきである。
これは、謙って・・・どうだこうだの話じゃない。
あくまでも、『自分のエゴとも言える、意見や感情を理解させたいから』こその配慮点なのだ。

自分と同じ環境に育った者ですら、言葉の行き違いや勘違いで口論になる。
引き返せない大きな論争に及ぶことにもなりかねない・・・・・。

お互いに、違う場所で生まれ、違う場所で育ち、違う場所で生きてきた他人。
知らない人生を歩んでいた者同士がどこかで出会う。
何かのふれあいがあって、関わりを持つようになる。何かを伝え合う作業が開始する。

敬ったり、察したり、配慮したり、気遣ったり・・・どれも良い加減で必要なこと。
必要でありつつも、過剰になると感情部分での接点が遠くからのものになる。
距離を保ちつつの関係も悪くはないけれど、接近したい相手もいる。

可能な限り接近して、相当仲良くなりたい相手もいる。
相当仲良くなった関係をさらに深めて、もっともっと心の接触を図りたい相手もいる。

心の接触を深めたい相手には、殊更自分の感情を正確に伝えたい気持ちになるものだ。
得てして、それは空回りになることもあるのだけれど、人というものは勝手なもので
その、伝えたくてもうまく伝わらないでいる、感情面での切なさまでも受け入れて欲しくなるのだ。

本当に人は勝手だ。エゴの塊なのかもしれない。勝手すぎるのだ。
勝手なのは知ってるよ。そうだよ。あたしだって勝手な生き物だ。

だから、忘れないでおこうと思う。
あたしは、言葉の伝達能力は高くはない。結構下手なほうである。
文字にすれば、ある程度はできるような・・できないような・・・。

人に何かを伝えたい。伝えようと思うのならば、伝えたい感情をよく見つめなおして
受け手側が、わかりやすく・受け入れやすく・感じやすい言葉を選択しよう。
自分が感じて欲しいその内容を、聞き入れて欲しいからこそ、努力しよう。
相手を思う気持ちを大事に抱えながら話そう。
思うからこそ、何もかも吐き出せば良いってもんじゃない。
伝えたい相手の瞳を見つめて・・・。真っ直ぐな目線で。
【2005/06/19 08:45】 | 戯言 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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